<   2005年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

入院4日目

平成17年11月19日(土)
 昨夜9時に下剤(前夜と同じ)を服用したので、3時半頃から立て続けに4回もトイレに駆け込んだ。暫く間を置いて5時半から3回続いた。
 6時半看護婦さんが来て血圧を計った後、座薬を挿入してくれた。「どの位したら出るの?」「30分くらいかな」「何回くらい?」「2回くらい」。7時15分に第1回目のお呼びがあった。9時50分、2度目の排便。相変わらず烏賊の墨である。

 10時45分呼び出しが掛かった。後ろに穴の開いたパンツに履き替え、看護婦さんに誘導されて1階のレントゲン室に行く。すぐにレントゲン室に案内されて台の上に横になる。
バリウムを飲んで胃の検査を受けた、懐かしい装置である。
大腸の検査は、バリウム(たぶん)を肛門から注入し、それをレントゲンで目視しながら空気を入れて腸を膨らませ、必要なところは撮影する。横のモニターで見れるのがいい。大腸の終わりの部分が狭くなっているのが分かる。右側の上の方を、押さえては撮影し、体を動かしては押さえて撮影。体を右回転したり、左回転したり、直立したり横にしたりバリウムの通りが悪くよく見えないのか・・・・ パジャマを引っ張って体を動かす撮影技師も力仕事である。正味50分かかった。

 部屋に戻ったのが11時50分。栄子やすみれが来ているかと思ったがいなかった。
 

 手術は24日で23日(勤労感謝の日)は断食の予定だが、それまではすることがない。外泊を申し出たら1日だけということで許可が出た。
 月曜日に、今までの検査の結果を家族に説明したいから、かみさんや子供たちも一緒に来るようにということで、うちに電話して、長女の真理と長男の嫁由美子に来てもらうことにした。(ご臨終でもなかろうに・・・・と笑った)

 14時半、帰宅。真理とその子供、智也とすみれが来ていた。シニアネット福岡のメーリングリストはストップしてもらっていたが、235通のメールが届いていた。そのうち150通以上は迷惑メールだが。
 入院日誌をブログにアップする。

 22時ごろ、腹部が痛み出した。バリウムがまだ残っているのかな。
[PR]
by mino-ya | 2005-11-19 20:10 | 健康

入院3日目

平成17年11月18日(金) 昨夜就寝前に下剤を飲んだのでお腹の中で何かしらぐるぐる回ったりして寝つきが悪かった。
 5時にトイレに駆け込む。それから7時半の食事までの間に数回駆け込む。いずれも烏賊の墨状の水様便。
 食事は、お粥。下剤を飲んでいるのに食べるとは?
 食事はお粥に豆腐が申し訳ない程度に入ったみそ汁、何も具のないスープだった。

 9時、田原先生に会ったら「運動していてきつくなるようなことはない」との質問に「以前は280kmを48時間で走ったりしてたんですが、今は1kmも走れません」先生は「心臓の部屋は4つあって夫々に弁がついておるが、1つの弁の閉まり具合が悪いので血液が逆流している。運動すれば血液を送り出す量が増えるが、逆流する量も増えるので苦しくなる。大腸の治療が終わったら次に心臓の精密検査をしよう」とのこと。
 ちょっと走ったり、どうかすると駅の階段を上っただけで「はぁはぁ」いうときがあるが、その原因が分かった。
 心臓のエコー検査がいやに丁寧だったのも、その所為だったのか。

 10時半看護婦さんが血圧測定に来た。147/88だった。


 頭部と首部の血管に細くなったところはないか検査しようということで、午後MRIの検査を受けることになった。
 栄子が来てすぐ呼び出しがあった。
 MRIも最新のもので、従来は工事現場のような騒音がしていたが、ここの機械は患者に優しいと説明がある。見かけはCTスキャナーと似ているが機能はどこが違うのだろう。
 機械室に入るとき、金属片を身に着けていないかチェックを受け、耳栓を渡された。患者に優しくなったとは言え、まだまだ凄い騒音がするのだろう。
 台に仰向けになり、胴体と手をバンドで止められる。頭部は後ろ半分のお面のようなものに載せてバンドで固定し、さらにラグビーのお面のようなものを被って固定すると言う、厳重な体制である。
 お面の目の前には鏡があるのか、息づいている腹部と足先が見える。それだけが見える。いろいろな音が次々に変わり、削岩機を使っているような音になった。磁力を発しているのだろうか。何度か繰り返されている間に睡魔に襲われ「終わりました」と言われるまで眠っていたようだ。その間約20分。
 栄子が帰るとき、エレベータのマラソンウルトラマラソンで田原先生に会った。先生は、心臓の検査結果を栄子に説明された。「弁の調子がおかしいとは、弁膜症のことですか」と尋ねたら「その通り」との返事。「大腸の治療が終わったら次に心臓の精密検査を受けたほうがいいですよ」とのことだった。

 夕食は、コーンスープのみ。市販の1食分よりやや多いかなという感じだった。
看護婦さんが来て、「19日21時から検査終了1時間後まで断食です」のカードを部屋に提げて行った。検査は午前中の予定らしい。

メモ:同室の同じ並びの人は、美和台4丁目の石田さん
同室の小柄な人は、熊谷さん
   映画俳優の○○さんに似た人は武田さん

e0025356_16334894.jpg e0025356_16392528.jpg

e0025356_164406.jpge0025356_16431863.jpg
e0025356_2063879.jpg

[PR]
by mino-ya | 2005-11-19 16:35 | 健康

入院2日目

◆平成17年11月17日(木) 午前中晴れ、後時々雨
 6時起床。腰や背中が痛んで熟睡できなかった。
 3時40分、小用に起きたが、5時間40分も持ったのは、近年稀な事である。
 朝食は7時半から。食堂で食べる。
 右写真の上が正面玄関側で、談話室で正面に立花山がある。談話室の反対側が食堂になっていて、立花高等学校、朝鮮学校などが見える。
 食堂には、男性4人、女性4人が食事をしていた。朝食の後、部屋に戻りウトウトしていたら、田原医師がこられて、「昨日は遅くまでオペがあったので、説明にこれずすみませんでした。昨日の検査の結果は、異常ありません。あと腸の造影検査が残っているが、出来るだけ早くするようにしましょう。手術は週明けになるでしょう」また「術後2週間で退院できます」とのことであった。
 10時ごろ血圧測定、126/87とほぼ以前のレベルに戻った。
 10月28日(金)、最初に下腹部が痛んで伊藤病院に行ったときは、
210以上あり、驚いたが、その日の午後和白病院では150代に下がっていた。

 栄子と由美子さんが、パソコンを持ってきてくれた。
 談話室で話していたら、食堂で食事をともにした人が、TVカードを買いに来て、休憩していたが、こっちの話を聞いて、自分の体験談を聞かせてくれた。造影撮影はバリウムを飲んだとか・・・・
 栄子たちは、11時半前に帰ったので、入浴した。
 入浴は、大浴場が10階にあり、入浴時間は、男性が10:00~13:00、女性が15:00~18:00、介助浴が13:00~15:00となっており、毎日入浴できる。食堂の上になっており、小山が展望を妨げているが、やはり外が見えることは嬉しい。

 昼食も食堂でとった。顔見知りの人が入ってきた。県庁の先輩である。「3丁目のKさんでしょう」と尋ねたら「そうですが・・・・」とこっちのテーブルによってこられた。それから男性5人で病気自慢が始まった。Kさんは、膀胱癌。尿が真っ赤になったので検査してもらったら膀胱癌と診断され即刻入院(土曜日)、翌日切除。「それにしては点滴がないですね」「今朝外したと」「土曜日に退院してよかていわしゃったばってん、帰っても誰もおらんけん、月曜日までおらしてもらうと」とのこと。
 美和台3丁目の人である。

 同室で向かい側におる人が話しかけてきた。「お宅は、つるた三苫幼稚園の前のマルチメディア研究所のかたですか? 私は、幼稚園の次の角を降りて5差路のところで、4丁目です」「へぇー、病気は?」「胆嚢炎です」「自覚症状は?」「ひどい痛みで背骨の横も痛みます」「胆嚢を取った後は七転八倒の痛みがあると聞いて、覚悟していたが、全然痛みませんでした」まだ日にちが立ってないと見えて、米粒がチラッと見えるようなお粥である。
 「私も4丁目です。駅前の通りの酒屋の先です」という人もいた。
 談話室で話しかけてきた人は、腸の癌だとあっけらかんとしている。
 世の中変わったもんである。九大病院の癌の大家が、癌で亡くなったとき遺言に「癌だったことを人に漏らすな、娘の結婚が難しくなるかも知れないから」とあったという。
 また、有名な高僧が癌と分かって狂ったという話もある。私はこの頃、死に対して、可也卓越した考えを持っており、癌と知って狂った坊さんを軽蔑していた。と、ある高僧が書いた本に「癌で狂い死にするも人生、笑って死ぬも人生、人生とはそんなものだ」とあった。それが今ではどうだろう。自ら癌だと話してけろっとしている。これが本当だろう。
 みんなで自己紹介すると、美和台や三苫の人たちばかりだ。「町内会の寄りのごたるね」みんな大笑いだった。

 2時過ぎだったか、廊下を歩いていると、主治医の田原先生に出会った。「土曜日に造影検査をしよう、手術は木曜日の午前中に予約を入れたから」さらに「土曜日の結果を見て家族で話し合うといいでしょう」とのこと。手術してから2週間後には退院できるからとも言われた。
 大腸の検査をした今田医師から入院して3週間は見ておくようにと、言われシニアネット福岡の大手門教室の水曜日の午前中のQ&A講座、馬出教室の水曜日夕方のデジカメ講座、同夜のおさらい教室、それに金曜日夜のスキルアップ講座を、それぞれ各3回交代してもらっているが、何とかぎりぎりで4回目の交代を頼まなくもよさそうだ。

 3時頃、栄子が時計やTシャツを持ってきてくれた。そのときであった。看護婦さんが、「質問をさせて下さい」とやってきた。その質問とは、
・お名前を言ってください
・住所は
・生年月日は
・年齢は
など、質問表に従っての質問である。
・次に3つ品物の名前を挙げますから、続けて言ってください。「りんご、TV、みかん」
とか、引き算のテストもあった。
・ここの国の名前は
・地方の呼び方は
・ここは何県ですか
・この病院は何と言いますか
・・・・
・・・・
最後に、何か短文を書いてた下さいというので、「今日の天気はくもりです」と書いたら、綺麗な字ですねだって。何だか痴呆症のテストをされているみたいで、可笑しくなってつい噴出してしまった。記念に1枚パチリ。
 就寝前に飲むようにと下剤を渡された。塩気の効いたりんご汁のような飲み物をコップ1杯。「夜中に走るようなことは?」に「朝方行く人が多いようですよ」で、一安心。

e0025356_16275867.jpge0025356_16282182.jpg
[PR]
by mino-ya | 2005-11-19 16:20 | 健康

入院初日

平成17年11月16日(水) 晴れ後時々小雨
 和白病院入院の日
 長男の嫁由美子さんに車で送ってもらい栄子(うちのかみさん)と一緒に和白病院に9時前に到着。
 外科の田原医師(主治医)から、10日に行った大腸検査の結果の説明を受ける。写真を見せてもらったが、素人目にはきれいなものである。大きく膨れ上がったところはあるが、ほかの腸壁とは、変わらぬ綺麗さである。そこの摘出検査の結果は腺癌と判断されグループは5と言う事であった。今日は癌が転移していないかいくつかの検査をするということで、取敢えず623号に入室。

 10時すぎに点滴を開始して外科からの呼び出しを待つ。
昼食抜きで待つこと久し。14時になって、やっと呼び出しがかかる。まずはCTスキャン。
ここのCTスキャナーは、世界最高の水準でマルチスライス技術を搭載したもので、右図のように奥行きがない。それでいて瞬時に64断面(スライス)の写真がとれることである。
台の上に横たわり、何度かゲートを潜って往復したが、そのうち上部細い窓に3回灯りが回転を始めた。

 食パンを薄くきる機械の刃が回転を始めたような感じがして、台がゲートを潜る。何度か繰り返した後、「体が熱くなりますから・・・お尻の方まで」点滴に緑の液体を挿入したようだ。火に炙られたような熱さが胸から尻にかけて走った。もう一度ゲートを潜って検査終了。
次はレントゲン検査、下腹部を上からと横から撮影して終了。

 部屋に帰っていたら再度の呼び出し。心電図はすぐ終わった。肺活量の検査では「大きく吸って」「はい、大きく吐いて」と何回も繰り返し「喘息にかかったことがありますか」との質問。何か肺活量が少ないとかあるのかな?とちょっと気になる。腹部と心臓のエコー検査。初めは女性が検査していたがモニターの上に線を引いて長さを計っているようだったが、男性と代わって心臓部を丹念に検査した。これまた気にかかることだ。終わったのは17時前だった。

 部屋に帰ると食事が届いていた。昼食か? 夕食か?握り飯2個と千切り大根の煮しめ。朝から何も食べたり飲んだりしていないので、腹は「グー」早速かぶりつく。
 18時に夕食が届いた。ご飯150g、てんぷら、和え物、炒り豆腐、フルーツであった。
 消灯時間の22時までが長い。
 1,000円で1,000分見られるテレビで「その日歴史が動いた」(日露戦争の児玉参謀本部長の決断)を見ているうちに消灯時間となった。

e0025356_1663651.jpge0025356_165139.jpg
[PR]
by mino-ya | 2005-11-19 16:00 | 健康

大腸検査

 先週の金曜日の朝、下腹に激痛があり、診察を受けた際、11月4日の大腸の検査を予約させられた。
 11月1日、2日の夕食後、錠剤を2粒服用。3日はコップ1杯の飲み薬を服用した。
 4日、早くから下腹に再び激痛が走った。先週の痛みと方とまったく同様。トイレにしゃがみ冷や汗をたらりたらーり。
 そんな状態で病院に赴いた。

 病院では、2リットルの液体を2時間で飲み干すように指示された。やや甘みがあるが塩辛い。食塩水のようだった。
 不意に便意を覚えトイレに駆け込むと、真っ黒い水様便、これがきれいな黄色になると検査してもらえる。

 10時半に飲み始めて、14時になって検査OKとなった。
 検査は点滴を受けながら眠ってしまっている間に行われたようだ。点滴に麻酔や睡眠薬を混ぜていたらしい。
 目覚めたのは16時近かった。便意を催しトイレに行ったが、血が混じったような色だった。看護婦にその旨伝えたら、少し摘み取ったのでその所為でしょうとのこと。

 医師の説明によると、左側の大腸の下の曲がり角辺りに瘤状のものがあった。そこで詰まっていた、つまり腸閉塞を起こしていた。摘出した組織の分析結果は10日に判るとのこと。このままだと5、6日で便が詰まり腹痛を起こすことになるので、すぐにでも入院するように言われた。

 シニアネット福岡の教室・講座を週に2日、4講座持っているので、代理を手当てしなければいけないし、またテキスト作成委員になっており「インターネット」を受け持っている。あと1日あれば終わるところまで行っているが、これも仕上げる必要があるので、今すぐ入院は無理だと話して、「では、下剤を出そう」ということになって、帰宅を許された。

 4日(金曜日)の夜(19時~21時)の講座を代わって頂いたNさん有難うございました。
 サポータのMさん、Tさん済みませんでした。

  ------------------------------------------------------

 5日、トイレに行ったらまだ水のような便であったが、色は烏賊の墨のように真っ黒だった。
 前回、医師の話では、右側の大腸から出血があれば、肛門から出るまでに時間がかかるので黒くなる。左側の大腸からだったら時間が余りかからないので赤い血が出て下血状となるということだったが、黒い便が出るということは、右側の大腸に何か残っているということか? 

 手術するとなると最低1週間は入院することになるだろうが、シニアネット福岡のほかに、全国健称マラソン会やねんりんピックのこともあり、多くの方々に迷惑をかけることになり、非常に心苦しいことであるが・・・・
[PR]
by mino-ya | 2005-11-05 10:33 | 健康